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福岡高等裁判所 昭和32年(う)1192号 判決

控訴人 被告人 金日坤こと金本吉雄

検察官 野田英男

主文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

弁護人三橋毅一の控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意(法令の解釈を誤つた違法)について、

論旨は、本件において、被告人は昭和二十五年一月十六日から同月三十一日迄に、従来の外国人登録証明書を居住地の市町村長に返還して、あらたに登録証明書の交付を申請しなければならないのに、これをしなかつたとして有罪判決の言渡を受けたところ、すでに昭和二十九年十二月二日山口地方裁判所下関支部において、従前の登録証明書は昭和二十四年十二月頃紛失したにも拘らず、外国人登録法施行の日である昭和二十七年四月二十八日より同二十九年七月十四日迄居住地の市町村長に対し、登録証明書の再交付の申請をしなかつたとの事実により処罰されているのであつて、昭和二十七年四月二十八日以後に再交付の申請をしておれば、当然切替えられた登録証明書の交付を受けている関係にあるので、該判決は当然に本件の起訴事実をも包含するものと解すべきであるから、右確定判決の既判力は本件の事実に及び、従つて本件公訴事実については免訴の言渡がなされなければならないと主張するにある。

よつて、記録を調査すると、被告人は本邦に在留する外国人(朝鮮人)であつて、昭和二十二年七月二十二日山口県大津郡三隅町において、旧外国人登録令(昭和二二、五、二、勅二〇七)に基きその登録をなし、登録証明書の交付を受けていたものであるが、昭和二十四年十二月頃該登録証明書を紛失し、再交付を受けないままであつたところ、同令の一部を改正した昭和二十四年十二月三日政令第三八一号が昭和二十五年一月十六日から施行され、同政令附則第二項により、右政令施行前に交付された登録証明書は昭和二十五年一月十六日から同月三十一日迄に居住地の市町村の長に返還し、あらたに登録証明書の交付を申請しなければならないこととなり、従前の登録証明書を紛失していても、その旨を明にして、該申請をなし得た(昭二四、一二、三、法務府令九七号附則四項)にも拘らず当時の居住地においてこれをしなかつたので、昭和二十六年十二月十八日検察官より該政令附則第二項、第五項違反として、飯塚簡易裁判所に公訴の提起がなされたのである。そして被告人は右公訴の提起後に逃走し、殺人未遂等の犯罪を犯して検挙され、外国人登録証明書を所持していないことが発覚し、当時施行されていた外国人登録法(昭二七、法律一二五号)第七条第一項、第十八条第一項第一号違反として、殺人未遂等の事実と共に山口地方裁判所下関支部に起訴され、同裁判所において、前示のごとき有罪判決の言渡を受け、その刑の執行を終り、その後昭和三十一年十月八日居住地の佐賀県鳥栖市長に対し、昭和三十一年法律第九六号による改正後の外国人登録法第十一条所定の確認の申請をなし、あらたに登録証明書の交付を受けた事実が明らかである。

そこで先ず、前記下関支部の判決について考察すると、同判決の確定するところは、被告人に前示のとおり外国人登録法施行後において、従前の登録証明書を紛失していながら、その再交付の申請をしなかつた所為があり、これが同法第七条に該当するというのであつて、被告人が当初交付を受けていた登録証明書を紛失していたこと、同法施行後に第七条所定の再交付の申請をしなかつたことは前示のとおりであるから、一応同条の構成要件を充足するものということができる。

しかし、同法第七条第一項の外国人は紛失、盗難又は滅失に因り登録証明書を失つた場合には、その事実を知つたときから十四日以内に、その居住地の市町村の長に対し、所定の書類等を提出し、登録証明書の再交付を申請しなければならない旨の規定は、有効な登録証明書の存在を前提とし、従前交付を受けていた有効な登録証明書を紛失等に因り失つた場合に、その登録証明書の効力がなお存続する限り、これに代わる登録証明書の交付を申請すべき義務があることを定めたものであつて、既に失効した登録証明書についてまで、その義務を認めた趣旨ではないと解するを相当とする。蓋し、右再交付申請義務の目的は、外国人をして常に登録証明書を携帯せしめその管理の適正を期すると共に紛失等の登録証明書を失効せしめ、その不正行使を防止するにあり、又同法同条第三項で、市町村の長は第一項の申請があつた場合には、当該登録証明書の紛失、盗難、又は滅失があつたと認められる限り、都道府県知事の承認を受けて、登録証明書を再交付するものとする旨、また第七項において、第三項の規定により再交付する登録証明書については、紛失、盗難又は滅失に因り失つた登録証明書の交付の日をもつてその交付の日とする旨各規定するところに徴するも、有効なる登録証明書の紛失等を前提としていること明瞭であつて、失われた従前の登録証明書が既にその効力を失つているに拘らず、これに代わる登録証明書の再交付を申請するということは全く意味のないことといわねばならない。従つて、本件において、被告人は前記政令附則第二項所定の期間内に、あらたに登録証明書の交付を申請(所謂切替申請)しなかつたことは前示のとおりであるから、同附則第四項の規定するように、右切替申請をなすべき期間経過後は、旧登録証明書は切替申請をしなかつたことにより、その効力を失い無効に帰したものであることは明白なので、この場合前示法第七条所定の再交付の申請をするに由ないものであり、右切替申請をなすべかりし時期に旧登録証明書を既に紛失していたことは右結論に消長を及ぼすものではなく、かりに旧登録証明書を前示法施行後に紛失したものであつたとしても同様に解される。それで、被告人については、前記政令附則第二項所定の切替申請義務違反の犯罪が成立し、前示同法の施行後も右犯罪が同法に規定する切替申請義務違反(同法附則第五項、第八項、同法第十一条第二項)の罪として継続していたのみであつて、前記確定判決の判示する再交付不申請罪の成立する余地はないものと認めざるを得ない。

叙上の点に関し、原判決は、再交付の申請と切替の申請とは別個の目的を有し、各不申請の罪は罪質を異にするので、各別に犯罪を構成するとの見解の下に本件切替不申請罪を処断している。しかし前記政令による改正後の外国人登録令並びに改正前の外国人登録法は、ともに本邦に在留する外国人の登録を実施し、外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、在留外国人の公正な管理に資することを目的とすることにおいて毫も異るところはなく、ただ、外国人登録令(改正の前後を通じ)では、登録証明書の紛失等による再交付の申請を義務として規定していなかつたのに対し、外国人登録法では、外国人の適正な管理を一層徹底するため、第七条により該申請の義務を設定した差異あるにすぎない。それで、同法施行後において、従前交付を受けた登録証明書が、なおその効力を保有している場合(前記政令による切替申請がなされるとか、又は該切替時期後に始めて登録証明書の交付を受けた場合)に、これを紛失等により失つたにも拘らず、所定の再交付の申請をしないときには、再交付不申請罪が成立し、その後同法に規定する切替時期が到来(同法附則第五項、第八項。又は同法第十一条第二項による)したに拘らず、その申請をしないときは、さらに切替不申請罪の成立することは、まさに原判決説示のとおりであるけれども、本件のように、再交付の申請義務が発生する以前の切替時期に、その申請義務を履行しないことにより、従前の登録証明書は失効し、且つ切替不申請罪として継続犯たる同罪が成立した場合には、再交付不申請罪が成立する余地のないこと前段説明した通りである。

してみると、被告人としては、前記法第七条所定の再交付の申請をする義務はなく、前記政令附則第二項所定の登録証明書交付の申請義務を懈怠した犯罪行為が継続中に前記法が施行された関係で、同法施行の前後に跨つて同一の申請義務違反(裁判時には実質的に同一のことを規定する同法の規定による申請義務違反として処断される)のがあつたことになるので、下関支部の判決においては、被告人の所謂切替申請義務違反が審判の対象となり、同罪としてのみ処断されるべき関係にあつたに拘らず、被告人が昭和二十五年一月十六日から同月三十一日迄に切替申請をなすことを怠り、これにより従前の登録証明書は効力を失つたことを看過し、交付を受けていた登録証明書の効力がなお存続していることを前提とする再交付の不申請罪として処断したことに帰着する。ところで、本来、再交付不申請罪は、なお効力の存続する登録証明書が失われたため、これに代わる登録証明書の交付を申請すべきであるのに、これをしないことにより成立し、換言すると、紛失等を事由とする有効な登録証明書の交付を申請しないことをいうのであつて、所謂切替不申請罪は、従前の登録証明書が所定の時期に失効するため、あらたに有効な登録証明書の交付を申請すべきであるのに、これをしないことにより成立し、言いかえると、更新を事由とする有効な登録証明書の交付を申請しないことをいうのであるから、両者は、その構成要件を異にし、交付申請の事由、申請の手続、交付さるべき登録証明書の有効期間に差異があり、別個の訴因となること言を俟たない。しかしながら、被告人の場合は、前記確定判決により再交付不申請罪が成立したとされる時期における実質上の義務違反は、前に説明したところから明かなように、有効な登録証明書、すなわち、切替えられた登録証明書の交付を受けていないことにあり、これを右確定判決では再交付不申請罪に問擬し、本件では切替不申請罪(前示令違反として成立し、その継続犯が前示法施行後は同法の規定する同一の罪に該当)として公訴が提起されているに過ぎないから、右確定判決の認定した事実と本件公訴事実とは、これを刑法的見地に立つて観察すれば、その基礎をなす基本的事実そのものは同一性を有し、本件事案は、さきの下関支部判決により確定された事実と同一事件たる範囲に属し、同判決で訴因とされなかつた切替不申請の点を訴因として起訴されたものと認められる。

右のごとく、外国人の登録を受け、その登録証明書の交付を受けている者が、昭和二十四年政令第三八一号附則第二項所定の期間内にあらたに登録証明書の交付を申請しなかつた場合に、しかも従前の登録証明書を紛失していながら、昭和二十七年法律第一二五号外国人登録法第七条所定の再交付の申請をしなかつたものとして、再交付不申請について有罪の確定判決を経たときは、前に成立したところの、あらたに登録証明書の交付を申請しなかつた事実について公訴の提起があつても、右確定判決の既判力は、後に審判される右の事実について当然に及び、これに対し重ねて処断することはできないものと解すべきである。

それ故、被告人に対する本件公訴事実に対し、前記下関支部の判決の既判力が及ぶものと認め、本件公訴事実については、すでに確定判決を経たものとして、免訴の言渡をなすべきであり、原判決が右と見解を異にし、被告人に対し有罪の判決を言渡したのは、法令の解釈、適用を誤つたものというのほかなく、右の誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そこで、当裁判所は刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に則り、原判決を破棄し、同法第四百条但書に則り、更に裁判をすることとする。

本件公訴事実は既に確定判決を経た場合に該当するから、同法第四百四条、第三百三十七条第一号により、被告人に免訴の言渡をなすべきものとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下川久市 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

弁護人三橋毅一の控訴趣意

原判決は法の解釈を誤つた違法がある。原判決摘示の犯罪事実は争いないが、被告人は昭和二十九年十二月山口地方裁判所下関支部に於て昭和二十四年十二月頃外国人登録証明書を紛失したにも拘らず、外国人登録法施行の日である昭和二十七年四月二十八日より同二十九年七月十四日迄居住地の市町村長に対し再交付の申請をしなかつたとの理由で処罰されている。従つて該判決は当然本件起訴事実をも併せて判決の既判力が及び一事不再理の関係に立つものであつて本件は免訴の判決然るべきものと思料する。

外国人登録令並に外国人登録法の目的は外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資することにあるのであつて、その方法として紛失の場合の再交付或は二、三年毎の切替等規定されているのでその目的、罪質は同一である。

本件の場合昭和二十七年四月二十八日以後再交付申請をしておれば当然切替えられた登録証明書の交付をうける筈であり下関支部の判決は当然本件起訴事実をも包含するものであると解する。従つてその既判力は本件起訴に及ぶと解する。

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